就職、結婚、うつ、復職、退職~私の人生~

日記
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こんにちは、自由にいきたいライター凛です。

今日は凜の自己紹介をさせていただこうと思います。

【はじめに】
凜は「うつ」と診断されて1年が経ちました。
今も通院していて毎日薬を飲んでいます。
飲んでいるのはアモキサンとセニラン、たまにバルプロ酸ナトリウムです。

うつ病患者の自己紹介なんて読みたくないという人は読まなくても大丈夫です。

【ざっくり近況】
新潟県に生まれ、現在も新潟在住です。
今は結婚し旦那さんと二人暮らしをしています。
うつの為休職し、一度復職しましたが再発し出勤できなくなり、そのまま退職。
旦那さんの家族にはうつの診断をもらっていること、退職したことは今は内緒にしています。

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【成長の流れ】
幼少期から中学くらいまで「山あり谷あり」という感じです。
変化が激しいというか・・・

ある時期は友達と外で走り回ったり、鉄棒をしたり元気いっぱいアウトドア
ある時期はずーっと屋内で本を読んでいたり、オルガンを弾いたり、折り紙をしたりインドア
ある時期は周りから嫌なことをされたり、いたずらをされて泣かされていたり
友達がいたかと思えば、友達が誰もいなくて「お前暗いんだよ!」とか言われる
友達がギャル系な元気いっぱい系な時もあったり
友達がアニメ好きな物静かな人たちになったり

なんだかとにかく変化が激しかったなと、振り返るとつくづく感じます。
安定していない・・・

高校生の時からやっと安定してきました。
大学の時も良い友達、先輩と出会えました。
おかげで高校時代の友達、大学時代の友達と先輩とは今でも付き合いがあります。
ありがたい。

【社会人】
就職活動はなかなか厳しい時代でした。
就職浪人になる友達もいました。
そんななかでも運よく新潟の民間企業で内定をもらうことができ、そこに就職。
社会人生活が始まりました。

でも社会人生活が始まって凜が感じたのは社会人の「汚さ」でした。

「これが社会に出るっていうことか、社会人になるっていうことか」

とても戸惑いましたし、ショックでしたし、嫌悪感を持ちました。
そこですぐ、そんな会社辞めれば良かったのです。
でも辞められませんでした、辞めませんでした。
辞めるなんて選択肢が頭にありませんでした。
やっと内定もらった会社でしたし、仕事自体は社会貢献度がとても高くて、そんな仕事をしていることにプライドを感じていました。

仕事をしていくうちに、どんどん任されることが多くなります。
凜は「真面目に仕事をする人、仕事ができる人」と評価されていました(会社から表彰されるくらいです)
仕事ができない先輩社員の仕事を代わりにやったり、アドバイスしたり、片づけられない仕事をもらったり・・・
なぜか今まで先輩がやっていた仕事なのに急に凜に丸投げされたり・・・
上司も「分からない~、できない~」とか言って仕事を投げてきたり・・・
そして大きな仕事も会社から任せられたり・・・

こんな会社もっと早く辞めてやればよかった

【体調の変化】
凜は毎日具合が悪かったです。
頭痛、腹痛、吐き気、微熱、めまい、手の震え、動悸、耳鳴り

毎日具合が悪いのが、もう「普通」になっていました。

医者に行っても「ストレスですね」と毎回言われて、診断されても過敏性腸症候群、逆流性食道炎、偏頭痛。
そして同じ薬をずっと処方されて、飲み続ける。
薬を飲んでも対処法にしかならなくて、症状は治らないし無くならない。
治らないのに薬飲んでるのがバカらしくなって、医者には行かなくなりました。

上司にはストレスで体調不良になっているということを伝えていましたが、何も対処してくれませんでした。

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【結婚】
そんな状態で仕事を続けていた凜ですが、お付き合いをしていた彼からプロポーズをしてもらうことができ、結婚することができました。

凛には理想がありました。
結婚をしたら、毎日朝ごはんと夕ご飯をちゃんと作って、旦那さんに「おいしい」って食べてもらって、洗濯物もちゃんとして、部屋もキレイに片づけて、楽しくて笑顔がいっぱいで幸せな家庭にする。
結婚式が終わったら子供もつくる。
子供は2人か3人欲しい。
旦那さんと子供と、子育ては大変かもしれないけど、楽しい幸せな家族になるんだ。

でも現実はそんな上手くいきませんでした。
毎日仕事からの帰りが遅い凛。
料理、洗濯、頑張っていましたが、ちゃんとやろうとするほど体力と睡眠時間が削られていく。
そのうち毎日ご飯を作ることができなくなり、お惣菜をスーパーで買うようになりました。
でもスーパーに行く時間も遅いからお惣菜もほとんど残っていない日も多くて・・・
食べるものが無い・・・
じゃあお弁当屋さんのお弁当?コンビニのお弁当?
悲しくて泣きそうになりました。
凛が理想にしていたのはこんなんじゃない・・・
洗濯も体が疲れきっていてやっとこなす状態・・・

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疲れきっていて、いっぱいいっぱいで、イライラする凜。
旦那さんとの空気も険悪になり、悪い空気の家庭。
全然笑顔いっぱいの家庭じゃない。
そんな状態がまた嫌で、つらくて、悲しくて、怒る凜・・・

【更なる体調の変化】
そんな日々の中で、凜の調子は更におかしくなりました。
日中突然寝てしまうのです。
気が付いたら寝てしまっているのです。
車の運転中、会議中、人と話をしている途中、洗濯物を干している途中、たたんでいる途中、ご飯を食べている途中など。
「そんな状況で寝るはずない!」と人に言われる状況で急に寝てしまうのです。
営業職だった凜は毎日車を運転していました。
睡魔に襲われるたび、死にそうな思いでした。
運転中に寝ないか、ひどく恐怖でした。
毎日毎日ずっと恐怖でした。
医者に行ったら「特発性過眠症」と診断されました。
「薬は無いから、もう来なくていいよ。うまく付き合っていって」と言われて終わりました。

もう車に乗ってはいけないと思い、上司に病名と状況を伝えました。
でも営業職から異動させてもらえませんでした。
「うまく休憩したりして、運転気を付けて」

「あぁ、この人は凜が事故起こしてもいいんだ」
ショックでした。

ここでもう本当に会社を辞めればよかったのですが、凜はまた辞めませんでした。
睡魔に襲われながら仕事を続けました。
バカです。
毎日毎日神経をすり減らしていました。

そうしたら、会社に行く朝、涙が出るようになりました。
仕事中も涙が出るようになりました。

でもまだ仕事を辞められませんでした。

車の運転中、「対向車線に突っ込んだらどうなるんだろう?」とよく考えるようになりました。
涙が出ました。

常にイライラするようになっていました。
仕事中も小さなことですぐにキレて、営業車の中で物を投げて、ドアを殴り、「ああああああああ!!!!」と叫んでいました。

それは家で旦那さんの前でも出るようになっていました。
キレて、物を投げ、物を殴り、壁に頭を打ち付けて、叫び、暴言を吐き、泣きわめいていました。

もう限界でした。

「あぁ、もう限界だ、限界なんだ」と思いました。

【そして休職、うつの診断】
上司に「退職します」と伝えたところ、上司は有休も使わせず、すぐ辞めさせようとしました。
しかし役員の方から「一度休職しなさい、それから退職しても遅くない」と言っていただけて、一度休職することになりました。

そして精神科へ。
「うつ状態ですね、思考静止状態ですね」と診断されました。
薬をもらいしばらく休職に入りました。

「うつになってしまった」ということに対して、親への申し訳ない気持ち。
「自分はダメな人間だ」という自分を責める気持ち。
「早く普通に戻らなければ、早く普通に働かなければ」という焦る気持ち。

しばらくの間、これらの気持ちがすごく強くて休むに休めませんでした。
でも時間が過ぎるうちに、「これまで頑張った分、無理した分、今は休んでいいんだ」という気持ちになってきました。

【復職、そして退職】
しばらく休職したのち、復職しました。
でも、環境が変わらないとダメなんですね。
上司、先輩は相変わらずだし、汚い社会も相変わらずでした。
仕事にも会社にも、もうやる気を持てないなかで仕事を続けていました。

そしてしばらく経ったある日、仕事でものすごいクレーマと出会ってしまいました。
なんとか対処をしましたが、治りきっていない凜にはものすごいストレスと負荷になったようで、そのクレーマーの対処が終わった次の日から会社に行けなくなりました。
行こうとするとまた涙が止まらなくなりました。
吐きそうになりました。

「もうダメだ」と感じて退職することを選択しました。

でも退職して良かったと思います。
色々な思いをさせられてきた会社からやっと解放されました。
(退職した後も、頭の悪い上司からの嫌がらせなのか、イライラする嫌なことをされましたが)

薬を飲んでいるせいで、子供はまだ作ることができません。
でも子供は欲しいです。
かわいい我が子に会える日が楽しみです。

旦那さんにはたくさん迷惑、心配をかけてきました。
それでも一緒にいてくれます。
支えてくれる旦那さんには本当に感謝です。
これからも二人で一緒に楽しい思い出を増やしていきたいです。

【2019年2月追記】
症状も気持ちも落ち着いているということで、昨年の半ばに再就職活動を行い、新しい会社で働き始めました。
働き始めて1カ月後に病院を受診。
働き始めても、状態に特に変わりなしということで、通院も服薬も終わりました。

仕事をして、人と付き合って、家事とか家庭の仕事もして、やっぱり「大変だ・・・」と色々な面で思うこともあります。
でも自分の限界というか「これはマズイ状態だ」というのが分かるようになったので、無理しすぎないで、なんとか過ごせています。

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